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今の教育に欠けている事 本質から政治を読み解く 本質を見極める力
松井 戦時中、嘘で塗り固めた大本営発表をした当時の軍部には、ものすごく大きな責任があると思います。しかし、真実をどこまで知っていたのかは解りませんが、当時の大新聞も基本的に言われるがままの報道をした。それから受け手の国民も新聞で報道されることは真実だと受け取らざるを得なかった。
 もちろん、報道機関には「真実を報道する」というプライドはあると思います。ですから戦中の一時のことだけを批判するのはフェアではないのかもしれませんが、そのあたりについて、もう少し批判的な視点で考え直さなければならないのではないでしょうか。
 これまでの日本は、「与えられた情報は正しいはず」という前提に立って、その情報にのっとって判断をし、スピード・精度を競ってきました。しかしこれからは、いろいろな情報があるけれど、それを建設的かつ批判的に捉える見方が大切になってくると思うのです。
 藤原和博さん(元リクルート・民間人初の公立中学校長)がいつもおっしゃっている「クリティカルシンキング」。クリティカルというのは、決して無責任に批判するということではありません。まずクリティカルに物事を捉え、「本当にそうか?それでいいのか?」と問いかけてみる。こういった訓練が、今の教育ではなされていないんですね。
 ある文章について、論者の主張をきちんと論理的に読み取り、それが自分の考え方に照らして正しいのか、同意すべきなのかを判断できるようになるためには、個人個人が与えられた現実に対して、望むらくはクリティカルに物事を捉え、そして違うなら「違う」と、あるいは別の視点から見れば別の考え方もあるのではないか、ときちんと相手に伝えるという基礎訓練が大切だと思うんですよ。
 もちろん日本的な、「まあまあ、四角四面に物事を捉えなくてもいいじゃないの」という姿勢にも良さはありますよ。良いと思うのだけれど、それにはまず、相手の言っていることをきちんと捉え、正しく理解した上で、「違いはある。だけど世の中に溢れる相違の中で、あなたと私のここの相違は、このレベルの違いでしかないのだから、それ位はいいじゃないか」とか、あるいは、「違いは大きいけれど、別の大きな価値から見れば、この2つだけが対立軸ではないのだから、ここは考え方の違いとしてお互いに乗り越えていこうじゃないか」というように、論理的に考えてやらないと、なあなあになってしまうと私は思うのです。
松井  このバランスは難しいですね。いま「新しい公共」とか、政治と国民の距離をどうやって近づけるかというプロジェクトを、官邸の中で作業チームを作ってご一緒しているのですけれど、その時に「ああ、こういう素晴らしい考え方があるな」と感じさせる人と出会ったのです。
 有名な女性でテレビにも出ておられる方なのですが、議論をしていると、全体の流れ、雰囲気が出来てきますよね。だけどその方は、流れに棹をさすのです。棹をさすのだけれど、きちんと自己主張して、最後は「それは違うと思う。でもいろいろ議論をしたら、違いはあるけれど、それはそれで良いと思いました。そういうことでしたら私は納得します」と言って、パッと合意されるんですね。
 やわらかく、「まあいいじゃないですか」と妥協したり、先送りすることが日本では多いのですが、やはりこのバランスだと思うのです。あまりに自己主張して、少しでも違うものを受け入れないほどの頑迷固陋に陥ってしまうと良くありませんが、彼女はそのバランスが絶妙で、勉強になるなあと思いましたね。
出口  ご自分できちんと考えていらっしゃるのでしょうね。
松井  しかも彼女は、インターネットメディアの中で、いろいろな人と意見を戦わせながら収斂させていくことを、ずっとやっておられる方なのです。
 ネット社会における意思形成においては、空気を読んで物事を何となく処理していくという、私たちが生きてきた時代のやり方はできないのかもしれません。ネット上のコミュニケーションの取り方は全然違うのだなって、日々実感しています。
 これだけのネット社会は、私が40年前に受けた教育ではまったく想定していない事態です。ここ10年ほどで盛んになったネット社会というプラットホームにおいて、自分がどう適応し、どうコミュニケーションを取るかなど、昔の学校で知識として教えることはできませんよね。
 現代人を取り巻く環境は、ものすごい勢いで変わっています。その環境の変化についていく力、先を見通して生き抜く力みたいなものは、小・中・高の教育でそのすべてを知識として与えることはできないのです。
 結局、それを消化していくための基盤の力、自分の中の座標軸をどう作っていくか、あるいは、新しいものと古いものを自分の中で調和させ、こなしていく力をどうつけていくか、そこが勝負ですよね。
出口  まさにその通りというか、本当に松井先生に文部科学大臣になってほしいと思っているのですが(笑)
松井  とんでもない、そんな資格はありません。