HOME > 対談・真剣勝負 > 第8回 宮台 真司

アドレッセンス回顧 コミュニケーションと宗教性 3.11で露呈した世界
 
引き受けて考える作法 宮台的革命論 ― 心の習慣を変えるために    

出口  さて、未来を構想することは、まさに今われわれに突きつけられている課題でもあります。あの3.11を境に日本は大きく変わった。そしてこれからもさらに変わっていくと思いますが、まずはあの地震の日、宮台さんはどうされていましたか。
宮台 その日は、レギュラー出演しているTBSラジオの「デイ・キャッチ!」という番組の打ち合わせのために家を出ていました。世田谷区に住んでいるのですが、渋谷区神泉の新山手通りに車が差し掛かったところで、地震に遭ったのです。
 高架橋がバウンドしていて、「あ、これ落ちるなあ」って本気で思いましたね。しかし、周囲にも走行中の車があり逃げることは不可能だと、正直観念しました。揺れが小さくなって、すぐに家に電話をし、家族の無事を確認しました。
出口  それは怖い。ご無事で何よりです。僕はちょうど飛行機で空の上でした。飛び立ってすぐだったので、まったく気がつきませんでした。だからその時の実感は無いのに、あとから後遺症だけ埋め込まれたような感じです。
 さて、福島で原発事故が起こったわけですが、原発が危ないと感じられたのは、いつ、どのタイミングですか。
宮台  そのままTBSのスタジオに出かけ、津波の中継映像を見ました。原発はまだ話題になっていませんでしたが、僕は「マル激トーク・オン・デマンド」で長らく原発政策の合理性を疑う番組をやってきたので、すぐに「原発がやばいな」と思いました。
出口  ということは、ずっと言われていた「安全神話」も、以前から信じていなかったということですね。
宮台  ええ。高い津波を想定すると「絶対安全神話」を自己否定することになる、という馬鹿げた理由であえて低い津波しか想定していない、なんてことを熟知していたので、「絶対安全」など、まったくあり得ないと思っていましたね。
 ただ、僕が「東電や政府の言うことを信じていたら、とんでもないことになる」っていう内容のツイートを連投し始めるのは、3日経ってからです。それまでは迷っていました。日本では原発論議が、「陣営帰属&誹謗中傷」に終始するからです。
 そのせいで、是々非々のコミュニケーションができないとは、実に不毛な話です。結局、ラベル貼りをして中傷する以外の、サブスタンシャルな(内容のある)コミュニケーションができないんです。国会などにおける議論もまったく同じですね。
 ネットを見ていてもそう感じます。内外の情報をツイートしたいと思っていながら、それをするとどんな扱いになるかが大体分かるから、躊躇していました。けれど娘の幼稚園の親友達を見て、彼らのためにも情報を出そうと思い直しました。
 そのツイートは年末まで続けました。でも内外の情報を正確に評価することは実に難しいのです。専門家でも分からなかったことが二つあります。一つは、直後の事故情報です。官邸と経産省と東電が握りつぶしていましたから。もう一つは、低線量内部被曝問題と除染問題です。
 だから何かにつけて「デマだ」「煽るな」といった反発が盛り上がります。とはいえ、前者については事故発生から一ヶ月以内に決着がつきました。僕がツイートしていた通り、最悪の事態を政府と東電が隠していた事実が分かったからです。
 でも、後者についてはそうはいきません。だから現在も、「効果がない除染を推奨するのは政府や東電の回し者だ」という議論と、「低線量内部被曝の実害が学問的に不確かなのに誹謗するのは現地の人々を見下すものだ」という議論が対立します。
 つまり「本当のところどうなのか」を真摯に探求すれば、「本当のところどうなのかが分からないのが本当のところだ」という問題が少なくないんです。情報の確たる評価ができないものをツイートしないという選択は、それ自体が政治的です。
出口  原発事故が起こった時点では、大抵の人はまずは政府、あるいは東電の発表を信じますよね。
宮台  「デマだ」「煽るな」という輩がテンコモリでした。〈引き受けて考える作法〉ならざる〈任せてブー垂れる作法〉なので、電力供給の地域独占体制&電力料金の総括原価方式という結びつきの意味を知らず、脳天気でいられたからですね。
 元々僕らは「マル激トーク・オンデマンド」でそうした問題を議論してきていました。だから政府や東電の発表を信じることが、如何に馬鹿げているのかを知っていました。第一、米国に比べて日本は産業用で5倍、家庭用は2倍以上の電力料金なんですよ。
 つまり、背後に巨大利権があるということなんです。総括原価方式では発送電の総コストの3%を利益として取る仕組です。コスト圧縮動機が働かないどころか、経産省と東電は事故処理コストも「総コスト」に含めて利益増大を図る動きがあったのです。
 この仕組で電力会社は膨大な利益をあげます。でも家庭用電力料金は政府の許可が要る。そこで批判を回避するべく、経費として計上できるように、豪華絢爛な社宅や福利厚生施設をつくり、事故後なのに会長の退職金に2億円を積んだりします。
 これだけでも驚きですが、僕に言わせると小さなこと。もっと重要なことがあります。暴利をあげた電力会社は、地域の放送局や新聞の大株主だし、地域の主な企業の大株主だし、地域のオーケストラや文化事業の後援者だったりするわけです。
 当然ながら地域経済団体のトップは例外なく電力会社。自民党は地域経済団体を集票母体とするから電力会社のいいなりです。また、労組で最も大きいものが電力総連と電機労連です。民主党も労組を集票母体とするから電力会社のいいなりなのです。
 先ほど述べたように、マスコミ方面でも文化人方面でも、電力会社の権益と無縁でいられるのは例外的です。単に広告収入を電力会社に依存しているだけではないのです。つまり、経済も政治も文化も、地域独占的電力会社に依存しているのです。
 そのことを事故前から明言してきたのは、「マル激」など少数です。こうした事実を知らずに、分権だ、民権だ、自治だ、NPOだなどとホザいて、お祭りがわりのデモを推奨してきたのが、柄谷行人などの日本の文化左翼なんですから、お笑いです。
出口  あらゆるメディア、文化、政治――もう何もかもが体制に依存しているわけですよね。スポンサー料を出しているからという訳ではなく、もっと大きな構造的理由で、人々は自由にしゃべれない。政府でさえそういう仕組みのど真ん中で、電力会社にべったり張り付かれているわけですから、本当のことを言えるはずがありませんよね。
 僕はその時たまたま海外にいて、向こうでパソコンも携帯もうまく使えず情報がまったく入ってこない状況で、正直、政府や電力会社がそこまで虚偽の情報を流しているとは考えていなかったんです。
 帰国後、ようやく様々な情報が入り始めて「おかしい」と感じながらも、もし僕が間違った情報を流したら大勢に迷惑を掛けてしまうと思って、正しさを判断しきれずに揺れ動いていました。それでも、公式発表は虚偽だと確信できましたけど。
 でも、情報を得るすべを知らない人にとっては揺れ動く余地すらなかったと思うのです。テレビや国家にもまだまだ立派な権威があると信じる人も沢山いて、ましてや未曾有の事態ともなると、人はそういう巨大なものに頼りたくなってしまう。嘘をつかれたくないと無意識で望むから、疑うこともできない。結果、多くの国民が見事にだまされてしまった。
 しかし僕は、そんな絶望的と言える現状を目の当たりにして、ある意味で日本は3.11以降大きく変わっていくだろうという希望のようなものも感じました。多くの人々にとって、日本はすごく自由な社会に見えていたかもしれません。
 でも実際は、利権でがんじがらめになっている、どうしようもない国だった。真実を報道するはずのマスコミは言論統制されていたし、政府や学者、新聞から大学まで、今まで権威だと思って素直に信じていたものが、本当は信じられないものだった。それが、3.11を境に次々と露呈されていきましたよね。
 今まで有識者しか知らなかった日本の真実を、ツイッターのようなメディアによって、ごく普通の一般人でもわがことのように実感できたんです。これは、すごい変化だと思うんですよ。

出口  宮台さんも、いち早く発言したのは、ツイッターですよね。
宮台  ええ、中2日置いて3日目からツイッターを始めました。
出口  さきほど言ったような利権構造の中で、先陣を切ってそういう発言をするのは大きな覚悟が必要だったと思います。政府の発表とは異なる情報を得ても、非難されたくないがために思いとどまる人も実際いたでしょうから。
宮台  僕は気にならない性質なんです。あの『噂の眞相』にも「都立大助教授M、地方テレクラ取材と称して女子高生とやりまくり説」というのを皮切りに「欄外情報」欄に数十回登場しているし、グラビアになったこともありますが、まわりが真っ青になるのに、僕自身は気にならなかったですね。
 今回もツイートしはじめて2週間はバッシングされましたが、3月25日を過ぎた頃、ようやくNHKも、僕らが「マル激」で出していた2つの最悪のシナリオのうちのどちらかになると言うようになりました。水蒸気爆発で木っ端微塵になるか、何年間もの長期間にわたって汚染水のダダ漏れが起こるか。
 つまり、これは「マル激」に小出裕章さんに出演いただいて出した説なんだけど、政府の言う「収束」があり得ないどころか、「悪化」以外あり得ないということです。マスコミよりも2週間早く、二つの最悪シナリオを出し、また炉心溶融も1ヶ月早く予想していたことで、バッシングのツイートは蜘蛛の子を散らすように消えました。
 面白いですよね。マスコミが既得権益ネットワークに深く埋め込まれているがゆえに最悪のシナリオを示せないのは理解できます。でも、今の現象はパンピーの行動なんです。
 ここには二つの問題が顕わです。第一は、中身の妥当性を論争しないで、陣営帰属と誹謗中傷に淫する作法。第二は、自明性への依存とでもいうべき作法。
出口  マスコミが差別発言に極度に神経質になっているのもそうですよね。実際は誰も文句など言ってないのに、自分で自分を縛っている滑稽さがありますよね。
宮台  ええ、本当に。僕らが高校生のころから日本でだけ問題視されるようになった差別語が典型的ですよね。外来語の「クレイジー」はオッケーなのに、「気違い」は「ピー」なんですよ。同じ意味の言葉なのに。だいたい差別語がタブーだなんて、日本以外の先進国にはありません。ナンセンスです。
出口  本質を見ずに、すべて形式的に決めていきますからね。本当は差別する人の心が問題なのに。