HOME > 『国際バカロレアを知るために』出版記念シンポジウム > 『国際バカロレアを知るために』出版記念シンポジウム 第2部

鈴木と それでは、鈴木寛先生、ご意見いただけますでしょうか。

鈴木寛
鈴木寛 先ほど出口先生が「指示待ち人間」とおっしゃいましたが、日本の教育改革で一つだけ挙げろと言われたら、私は迷わず「脱指示待ち人間」を挙げます。副大臣の前から、とにかくそのことのみを言い続けていたと言っても過言ではありません。その一つの有力な答えがIBなわけですけれども、先ほど黒船というお話がありましたが、もともとIBと言いだした頃の話を、少しさせていただきたいと思います。
平成23年にグローバル人材育成推進会議というのが、内閣官房に設けられました。これは、経済産業省、外務省、厚生労働省、文部科学省の4省庁、国連で長く活躍された明石康先生、日本貿易会会長の三井物産の槍田松瑩会長、そして亡くなられましたけども、国際教養大学の中嶋峯雄先生。そうした方々と、政府の関係者です。私は人材育成会議の幹事会の座長を務めさせていただきました。私は、脱指示待ち人間政策をやりたいとずっと思っていました。当時、山中伸一文部科学省事務次官が局長でして、「山中さんは何をしたいんですか」という話をしていて、「私は、とにかくグローバル人材育成をやりたいんだ」と。このIB導入には山中事務次官のことが本当に欠かせません。
ただ、グローバル人材というのは、別に英語が話せることだけではないと私は思っています。グローバル人材育成の前に、英語教育とか国際教育についての文部省の研究会もやっていたんですが、そのメンバーには世界を転戦しているテニスプレーヤーや、商社マンに入っていただきました。外国語で異文化の人たちとコミュニケーションすることを躊躇しない態度というのを、コミュニケーション力に入れましょうというような話をさせていただいてきました。
そして、グローバル人材育成推進会議をやるときに、私はIBというのを前から色々聞いていました。シドニーに1年いたとき、色々な国のIBを出て、他の大学を卒業して働いている人に会いましたが、正解のない答えについてしっかりと論ずる力をものすごく大事にしているという印象があったんです。これに乗じて一挙に進めていきたいなということで、山中さんと意気投合いたしました。
どうしてIB認定校が200校かというと、スーパーサイエンスハイスクール(SSH)※が200校なんですね。全国には約5,000弱の高校がありますけど、その中の5%がそのことに向いていくと、一つのきっかけとなるんじゃないか、ということなんです。
(※文部科学省が指定した、科学技術や理科・数学教育を重点的に行う高校。2002年に開始された)
ちょっと先ほどのシュライヒャーの話、OECD・PISA調査の話をしたいと思います。日本は、実は延々と20世紀学力、21世紀学力の話をしてきたわけです。現状どうなのかというと、私は、遅々として進んでいると思います。まったく進んでいないわけではない。例えば、OECD・PISA調査という21世紀学力の評価はどうだったか。2012年の調査結果は皆さん既にご存じかと思いますが、わが国の15歳は、読解力・科学的リテラシーが1位。数学においては2位に戻ったんですね。
もちろん色々な課題はありますが、15歳までは相当改善している。しかし、私の調査では、その金の卵の15歳を高校で潰し、大学で台無しにしている。だから、逆に言うと、論点が相当色々なところに広がっていたのを、フォーカスできるようになってきた。これからは、高校と大学と実業界、この三者がいかに15歳から24歳ぐらいまでのところを本当に徹底的に熟議して、何が問題で、どういう手順で変えていかなきゃいけないかということを議論し、それをしっかりと一つ一つやっていくことが必要だと思います。
ただ、シュライヒャーがいつも私に指摘し続けていることがあります。何で日本は、読解力が1番になったとか、14番に下がったとか、そのことばかり言うんだと。2012年になってもなお解決してない問題があるだろうと。まさに、学ぶ意欲ですよ。1番になったとほっとしていてはだめなんです。じゃなくて、2003年以来10年かけても学ぶ意欲については下位。この状態がまったく改善してないことについて真剣に取り組めといって、私はいつも叱咤されるわけです。
でも今回、先ほども触れましたが東北スクールに参加した100人の生徒たちについては、「日本人も、やればすごいじゃないか」と言われました。ただ、100人と言いましたが実は受験と部活で10人ぐらい欠けているんですね。この素晴らしいプログラムを、受験と部活の理由によって途中で離脱しなきゃいけないという、非常に残念なことが起こっています。高校・大学の関係者と、実業界の方はこの意義をしっかり分かっておられるので、そこを考えないといけないという話ですね。
それからもう一つ、今、私は慶應義塾大学にも行っていますが、湘南藤沢キャンパスのAO入試に関して、びっくりすることがありまして。「なんちゃってAO」が世の中に色々あることを私もよく知っているので、この「なんちゃって」に対して高校の先生がご批判をされるのは当然わかります。ですが慶應大学のAOに対しても、それを目指す高校生に対する、高校側からのすごいハラスメントがあるんです。これはどういうことなんだと、私は、怒りに近い感情を持っています。湘南藤沢キャンパスだけでなく法学部もAOをやっていますが、そのハラスメントを受けている高校生たちの窓口を私はやっているんです。12月に高校生は「高校生教育再生会議」というのをやるんですが、その中で、「国公立を受ける高校生は偉い高校生で、AOを目指す高校生は悪い高校生だ」と先生たちに言われている、という話がありました。
なぜこの話をしているかというと、要はこのメンタリティーを変えない限りIBは入っていかないからなんです。この教員文化―もちろん例外はありますし、1割ぐらいの高校の先生は、IB的なものの導入に、ものすごく頑張っておられると思いますけども、なかなかそれが、今の「受験、受験」の中では校長や保護者の理解を得られずに浮いてしまっているんですね。そんな高校教師の駆け込み寺を寺脇さんと一緒にやっているような感じなんですが、この辺をしっかりと考えていかなきゃいけないと思っています。
そして私は、入試制度というよりも入試問題が悪いんだと思っています。これも出口先生のお話とまさに同感なんですけど、マルティプルチョイス型の入試問題をこの国から絶滅させなきゃいけない。ぜひやってほしいことは二つ。一つは、まさに論文です。選ぶのは簡単ですけど、物を書くとなると、相当エネルギーを中にためて原稿用紙に向かう。パッシブ・ラーナーじゃなくてアクティブ・ラーナーにするために、まさにその入り口は、きちっと物事を論ずる。そして、ちゃんと一貫性のある主張を作り上げていく。これをもっと大切にする教育。私は、書を読み、友や師とも語り、論じ、そして仲間と何かを成す、こういう3年間を送らせてあげたいと思うけれども、これを阻んでいるのは、国立のみならず私立文系を含むマルティプルチョイス型の受験対策に高校3年間の後半を忙殺されるというところです。そこから日本の若者をどう救い出してあげるかということに尽きると思います。
もう一つシュライヒャーと話している、プロジェクト・ベースド・ラーニング(PBL)ですね。実際のプロジェクトを、仲間と一緒になって考えて試行錯誤し、フィードバックをする。こういったことをやる大事さ。そんなことやる暇があったら単語を覚えろ、年号を覚えろということになるんですけど、実地のプロジェクトから学ぶことの意義。それが、冒頭お話をしたパリで頑張ってくれた高校生たちです。まさにこれはPBLのある種のモデルあり、IB教育のコンセプトと通ずることでもあります。こうしたことをぜひ皆さんと広げていければなと思っております。
鈴木と ありがとうございます。寺脇先生、お話しいただけますか。

寺脇 今、スズカンの言ったとおりですね。さっき「東大AO入試(笑)」と言ったのは、何で「(笑)」かというと、今示されているのは自由に誰でも受けられないですよね。校長が認めなきゃいけないでしょう。それは大体、進学校の校長ですよね。進学校の校長がどういう人かと思い浮かべると、その人が良いという人じゃなきゃ受けられない、というのでは意味がないと思うわけです。それが修正できれば変わってくるでしょうね。
さっき出口さんもおっしゃったけど、ゆとり教育。総合的な学習みたいなのを入れて、よきラーナーを育てようっていうときに、小学校の先生に、即座にそれができたのか。できませんよ、そんなの。だけど、断固として「やる」と言ってやり続けてきたわけですよね、総合学習を。「こんなの要らない」「学力が下がる」とマスコミが言っても、今まで12年間やってきているわけです。12年もやってくると、日本の学校の先生は真面目だから、「やらなきゃいけない」と思って一生懸命考えるので、そこは定着してくるわけです。
そういう意味では、日本の大学を変える権力は誰にもないんです。総理大臣といえども変えられない。憲法で学問の自由が保障されているわけですから。だけど逆に言うと、高校以下は権力で変えられるといえば変えられるんです。変えることが良いかどうかは別として、「総合学習をやれ」と言ったら全国の学校でやらなきゃいけない、「小学校から英語をやれ」と言ったらやらなきゃいけない、ということです。県の教育委員会が「高校入試を変えろ」と言ったら変えなきゃいけないわけですからね。そういう意味で、今、小・中学校には、「21世紀型に変えるんだよ」というメッセージが十何年とかかって届いている。けど、高校は2種類あって、さっきスズカンが言った「1割しか頑張ってない」っていうのは、受験型の方の1割ぐらいの話です。高校生の中で大学に行くのは半分ですよね。残りの半分は、専門学校に行ったり就職したりしている。その子たちを、残りの半分の学校がどれだけ育てていくのか。今、地殻変動が起こっているのは、そういった進学系じゃない高校の方です。卒業するときは専門学校に行くか就職するか、という話なので、すぐにIB的な教育を受けた結果が出るわけじゃない。でも10年、20年とたったとき、結果が出るんじゃないかと思っています。
さっき指示待ち人間の話が出ましたけど、シュライヒャーさんからスズカンが叱咤されるのは、今のマスコミや指導者が指示待ちで、自分でデータを読もうとせずに、文部省の発表された資料をそのまま流せば良いなんて思っているからです。今の若いやつも指示待ちかもしれないけど、自分たちで考えずにやっているのは、上の世代の方がもっとひどいと私は思う。
だから、もちろん国際的に切磋琢磨できるような人たちを育てていくためのIBも必要なんだけど、高校教育全体を変えていく意味では、IB的なものは、実はすでに総合学科高校とか専門高校みたいに、最初からそっちを目指しているとこではやっているということも含めて、一握りのエリートのためのIBという話ではなく、日本の教育全体を変えて、日本の社会全体を変えていく。21世紀型に社会全体を変えていく。リーダーだけが変わるんじゃなくて、津々浦々で働いている人たちが変わっていくという形のIB的教育に変わっていくなら、本当に素晴らしいことが起こると思います。