HOME > 『国際バカロレアを知るために』出版記念シンポジウム > 『国際バカロレアを知るために』出版記念シンポジウム 第2部
鈴木ともみ 私自身、経済キャスターという立場で、経済番組やシンポジウムを通して企業経営者や経済界の方々とお話しする機会がありますが、今後の日本経済、社会を立て直していくためには、結局、日本の教育を立て直すところから始めなくてはならないというところに帰着するんですね。経済界からも教育改革の声が上がっているのが、これまでとは違ってきた特徴と言えそうです。
それでは、上野先生からお伺いしたいと思いますが、現職の国会議員でいらして、教育改革の推進にも励んでいらっしゃるお立場から、IBの推進を含めた教育改革について、ご自身のお考えをお聞かせいただけますか?

上野
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はい。私は9月3日まで文部科学大臣政務官を務めていましたが、担当はグローバル人材の育成がメインで、スーパーグローバルハイスクール※1、スーパーグローバル大学、そして、「トビタテ!留学JAPAN」※2、さらにはこのIBに関する施策を考えてきました。
(※1 文部科学省が指定した、国内の大学・企業・国際機関等と連携を図り、グローバル人材の育成に取り組む高等学校。2014年に開始された)
(※2 文部科学省が2013年10月より開始した留学促進キャンペーン)
文部科学省に入ってまず、若手のスタッフと意見交換をしたんです。留学したことのある方や、グローバル人材に興味のある方々ですね。色々な意見が出ましたが、結局みんな思っていることは同じでした。今の教育では、これからの日本の未来がなくなってしまうだろうと。グローバル化している中で、なぜ子供たちは大学生になると学びを忘れてしまうのかということに、ポイントが来たわけです。
プロフィールにも書いてありますが、私は16年前、夫と子供3人、家族でイギリスに住んでおりまして、夫は大学院で学校経営学を学んで、マスターコースにいました。私は下の2人の子供を現地校に入れたのですが、そこでたまたま、日本語を教える教員を探していたんですね。学校に行ったら、「あなた、日本語教えられない?」と。「私は日本語の教員ではありますが、英語で日本語はできません」と言ったら、「日本語ができれば良いから、とにかくやってくれ」ということで、それから私も英語で日本語を教えることを学び、向こうのGSCE※¹とAレベル※²で日本語を学ぶ現地の子供たちに教える機会を得ました。
(※1 イギリスにおいて義務教育修了時に受験する全国統一試験。General Certificate of Secondary Educationの略。)
(※2 大学進学に必要な課程。General Certificate of Education Advanced Levelの略。)
もちろん私の子供たちもイギリスの教育を受けていましたが、まさに先ほど大迫先生の話にもありましたところの21世紀型の教育をやっていました。ブレア元首相が教育に予算を大きく割いていたときだったので、すごく良い教育を子供たちは受けることができました。私もその現場で教員として働くことができ、これこそがこれからの日本に必要な教育ではないかというのをしっかりと学んでまいりました。多様性を見てくれる教育でもあり、日本のように、主要5教科は全ての知識であるということではありません。それぞれの個性・能力を生かし、引き出すのが教師の務めというのを教員がしっかりとわきまえておりました。
私が日本語を教える中で、何のために日本語をやるのかを生徒たちに聞くと、「日本の文化を学んで、できれば日本の企業に入りたい」と、そこまで考えている中学生、高校生がイギリスにいるんです。また、私は中高生に日本語を教えていたのですが、あるときバーミンガム大学から「日本語指導に来てほしい」という話があったんです。そこまでは行けなかったので、日本語学科の学生が何人か自宅まで来て、日本語を教えました。その子たちは、バーミンガムの日本人企業に見事入ることができたそうです。
何を言いたいかというと、試験のための大学入試ではありえない。きちんとした目的意識を持って、将来自分が何をしたいか、国のために何ができるかを考えること。そして楽しく学ぶということ。これを学ぶのがまさにイギリスの教育であり、それは、IBにもつながっていると思います。そこで、先ほど大迫先生も言いましたように、教師も変わらなきゃいけない。そして、IBを全ての学校現場で導入していただくようになると、日本も変わるかなというのを実感しております。
鈴木と 上野先生、ありがとうございました。続いて鈴木先生、お願いいたします。

鈴木寛
導入でお話を申し上げたいんですけれど、今年の8月30日から9月2日までパリに行っていました。(東日本大震災)被災地の当時の中学3年生、今では高校3年生ですが、100人に「OECD東北スクール」というプロジェクトに二年半、参加してもらい、最後のプレゼンテーションをパリで行いました。日頃はそれぞれの県でやっているのですが、夏休み・冬休み・春休みは集まって、東北の復興した姿をお礼とともに発信する、というプロジェクトでした。パリ市長がフランス革命以降、フランス人以外に初めてエッフェル塔の向かい側のシャン・ド・マルス公園を貸してくれました。パリ市長も8月31日に来ていただいたんですが、2日間、10ぐらいの班に分かれて、津波で流されてしまった「獅子踊り」という伝統芸能を、一から地元の人と一緒に復活させてそれを舞ったり、さまざまなことをしました。
そして、これは高校生が思いついたのですが、気仙沼に来た26.7mの津波と同じ高さのところに青い風船を並べたんです。エッフェル塔から、シャン・ド・マルス公園内にあるナポレオンが出た陸軍士官学校までですね。26.7mを下から見るとものすごい高さで、この高い津波が襲ってきたのだという恐ろしさ―まさに東北の皆さんが経験したことをこうした形で高校生たちが表現した。そしてその横に、26.7mを超える、高さ30mの「希望の赤い風船」を掲げました。遠くから見るとコンテンポラリーアート展のようなんですが、近づいてみると風船にそういう意味があった。それを2日間、日本の高校生たちは見事にやってくれました。15万人の色々な国の方々が見てくれました。
そして9月2日はOECD本部に参りまして、お庭に東北の桜を植樹させていただきました。そのあと、閣僚会議をやる部屋をこれまた初めて貸していただき、東北の高校生100人と、以前に大迫先生もご指導された同志社国際高校の高校生たちが通訳のヘルプで入って、OECD代表部の外交官、中にはメキシコの大使や、各国の一等書記官・参事官といった人たちと、2030年の教育について熟議をしました。私の長い友人でもあります、OECD教育局長「ミスターPISA調査」のアンドレアス・シュライヒャーとの縁もあって今回のことが成立したんですが、この東北のスクールを受けて、2030年の教育というものをさらに日本のみんなと深めていきたいという話が、今、起こっています。
東北の子供たちが見せてくれたのは、挑戦し、仲間を思いやり、そして、色々なものをちゃんと探究し、考えるということ―まさにIBが目指すものでした。しっかりとしたプログラムとそれに協力してくれる人たちがいれば、十分に世界から称賛されるだけのポテンシャルはある。こうしたことをどう広げていくか―あとはその環境と指導できる教員やプロデューサーです。これには福島大学副学長の三浦先生が本当に心血を注いで頑張っていただきました。こういったことがIBと連動していけば良いなと思っておりまして、ぜひ皆さんにこの快挙をシェアしていただきたくご紹介いたしました。
鈴木と ありがとうございました。では、続いて寺脇先生、お願いいたします。

寺脇
はい。今、スズカンの方から、今の高校生、大学生の動きについて話がありました。私もそのような活動をしているのですが、私は文部行政に携わって来年の3月で40年ぐらいになるので、今日の私は歴史の流れをお話する立場なのだろうと思います。さっき第1部で大迫先生から、「生涯にわたって学び続ける人(Life-long Learner)」という言葉が出てきましたね。私はもともと文部科学省の役人でしたから、役人というのは、政治家や経済からの提案を、どうやって実現していくのかということを考えなければならないんですね。
IBを初めて聞いたのは40年近く前で、これは「日本からすごい遠い話だな」と思っていました。第1部で出口さんからお話があったように、日本型の教育は明治以来変わらずにきたわけですから、「フランスでこうやってるから、日本もそうやれ」と言われても、できるものではないんです。でも1987年、臨時教育審議会で各界の意見を聞くと、今日の言葉に翻訳するならば「21世紀型の教育に切り替えないとだめだよ」という話が出てきました。21世紀型の教育は生涯学習というのが根本にあって、つまりLife-long Learnerを育てなければいけない。「なるほど」と納得しました。
それをどう実現していくかを考えたとき、文部省の行政だけでなく日本中の人みんなが、大学入試を変えれば教育が変わると思っていました。小・中・高校の先生は、「大学入試が変わってくれれば変わるんですけどね」と。その頃、ようやく私たち世代の官僚が意見を言えるようになってきたのですが、「大学入試が大学を変えるというのはありえない」と思っていました。なぜかというと、大学は大学の自治がある。第一、子供たちは大学からいきなり入るのではなくて、まず小学校に入りますから、小学校を変えて中学校を変え、中学校が変わるから高校が変わり、高校が変わるから大学が変わる。時間はかかります。簡単に、ある一政権の中でできるような話ではないです。
それをどうしていくのかというのは、やっぱり20~30年かけて考えていかなければいけないけど、何よりもまず小学校の入り口のところから変えていくべきです。「ゆとり教育」と世の中でさんざん言われていますけれども、「自ら学び、考える」というLife-long Learnerとしての素質を、小学校のときから育むんです。そうすると、その子たちが「こういう高校では飽き足らない」「こういう大学入試なら受けない」「こういう大学なら行ってもしょうがないから、外国の大学行く」となったときに、大学入試も、大学も高校も、変わらなければいけないということになると思います。
だから時間はかかるし、その間に色々なことを言われてきましたが、さっきスズカンが言ったPISA調査では、2003年に小学校に入って、まさにLife-long Learnerとしての教育を受けた子たちが、2012年の調査で非常に良い成績を収めました。そして彼らは今、高校3年生になって、大学受験をしているところです。そういうことの中で、例えば、東大がAO入試を入れる。「AO入試(笑)を入れる」と私は思っているんですけど、「(笑)」にならないかどうかは、東大が決める話なんでしょう。でも、東大ですら、そうせざるをえなくなった。東大をスルーして私学や海外の大学に行ってしまうような状況が出てきたんです。

じゃあ、その子たちがなぜそう思ったかというと、小学校や中学校でLife-long Learnerとしての喜びというのを持っているのに、高校に入ったら受験一辺倒で、「センター試験で1点でも多く取れ」と言われるわ、大学入試は暗記しなきゃだめだわ、大学に入ったら大講義で、400人ぐらいで講義聴かなきゃいけないわ、ということでは話にならない。ようやくそれが変わってきたんです。私はIBが入れるようなこの状況を作っていった最大の功績は、日本の小学校の先生たちだと思っています。日本の中学校の先生たちもそれに続いて頑張ったけれども、ようやく今、日本の高校が、大学入試がまず変わらざるをえなくなってきたことで、高校も、今までのような受験一辺倒の教育ではなく、IB教育をしなければならないとなってきたわけでしょう。
もちろん、これは日本の国内政策ですから、外圧を最初から期待するわけにはいきません。結果的にそれが出てくることはあるでしょう。ペリーが黒船で来たときだって、いきなりそこから変わったわけじゃない。それより前に松下村塾があり、薩摩の郷中教育もあったわけだし、それまでの幕府中心のエリート教育から、藩校でエリート教育するところから変わっていこうという形で、Life-long Learnerたちを養成しようとしているところに黒船が来たからそうなったわけです。流れとして、20年以上かけて小学校から変えてきたことと、IBが入ってくるということが、今、とても良いタイミングなのかなと思います。
さっき北城先生のお話にありました、臨教審答申が出た直後から、実は経済同友会は「そういう方向に持っていけよ」と言っていたんです。「1点刻みの大学入試なんか、ばかなことやってんじゃないよ」と言われて、私もそのとおりだと思うけど、変えられない悔しさ。「じゃあ、明日から変えましょう」というわけにはいかなかったのが、20年たってこうやって動いてきたのかなと思います。今日は、もっと詳しいIBの話を楽しみにしております。