HOME > 『国際バカロレアを知るために』出版記念シンポジウム > 『国際バカロレアを知るために』出版記念シンポジウム 第1部 『国際バカロレアを知るために』出版記念シンポジウム 第1部

パネルディスカッション1「IBと大学入試」

大迫 それでは、最初に3人が各自で話し、お互いにそれを聞きながら思ったことを発言していただきます。まずは中村さんからお願いします。

中村 私はそれこそ事実暗記型の、典型的な日本の大学入試をしてきた人間です。高校時代は大学受験のために勉強して、出口先生が書いてらっしゃった受験の本を徹底的に読み込んで、とにかく暗記をして受験に臨んでいました。実は私は、IBのプログラムも受けたことがありませんし、学生時代に海外留学もしたことがありません。「あ、このままじゃまずいな」って社会人になって初めて思いました。それは語学力だけではなくて、社会でビジネスをしていく上で、例えば論理力、思考力、プレゼンテーション能力だとか、社会に出て初めて「そういうものが足りないな」と実感したんですよね。
 教育とは本来、子供たちが将来生き抜くための力を育むものだと大迫先生がおっしゃっていましたが、それが自分の中で備わっていないと感じたとき、これからの日本の教育はもっと変わっていかなければならないと自分自身、切実に感じました。そんなときにこのIBのプログラムを見て、自分の高校時代に、大学に入る前にこういうものをしっかり備えられていれば、自分の選択肢がもっと若いときに、より広がったのではないのかと改めて実感しました。
 私どもは色々な教育機関とお仕事をさせていただく機会が非常に多いのですが、今、一橋大学様が留学プログラムを作ろうと考えていらっしゃっています。副学長の方とお話をしていたら、「今の学生は受験で入試を通ること自体が目的になってしまって、入ってからの学習に対するモチベーションが非常に低い。ここをどうにか活性化したい。そのためにこの留学のプログラムを使いたい」とおっしゃっていました。本来は「入学すること」が目的ではなくて、大学で「何を学んでいくか」が目的のはずなので、大学の入試の在り方というのは、本当に考えなければいけない曲がり角に来ていると改めて思います。一橋大学という、いわゆる日本のトップと言われる大学でも、入った時点で学習に対するモチベーションを失ってしまう学生がいる。これは、やはり教育のシステム自体に大きな問題があるのではないかと思っています。
 IBとは、日本の学生の、学習に対するモチベーションやパッションがより高まるプログラムだと私は思っておりますので、これがどんどん広がって、若い日本の学生がIB教育を受けられる環境を作っていけるようになれば良いなと願っております。

中村涼之介

大迫 ありがとうございました。今の中村さんの話を受けた形になりますが、世界の大学はIB生徒をものすごく欲しがるんですよね。なぜかというと、大学教育を受けるのに必要なスキルと姿勢を徹底的にトレーニングされていますから、高いレベルでの大学教育を実現できるんです。そういう学生が欲しいに決まっています。  IBのキーワードをまた一つ提示しますと、「生涯にわたって学び続ける人(Life-long Learner)」というのがあります。これまでの日本の教育は、「試験のための学び(Learning for Examination)」であって、「人生のための学び(Learning for Life)」になっていない。ここを転換しなくてはいけません。やっと日本の大学もIB生徒の強みに気づき、IBを活用した大学入試を実施し始めました。  具体的にさらに目標になるのは、先日発表されたスーパーグローバル大学※ですね。トップ型13大学、グローバル化牽引型24大学、トータル37大学。この37大学が先陣を切って、IB生徒を積極的に受け入れる大学になってくださるよう関係者で力を尽くそうと思います。 (※国際競争力の向上・グローバル人材の育成を図り、グローバル化を徹底して進める大学。9月26日、文科省が37校を選定。世界大学ランキングトップ100を目指す力のある、世界レベルの教育研究を行うトップ型と、これまでの実績を基に更に先導的試行に挑戦し、グローバル化牽引型がある。)  今、日本の学校、いわゆる「一条校」にIBを導入しようと動き始めていますが、すでに国内13校のインターナショナルスクールでは、IBをやっています。その中のあるインターナショナルスクールでは、今年6月の卒業生約20名のうち、大阪大学に3名、早稲田大学に4名、ICU・関学・東大に1名ずつ、計10名が、IB枠で合格しています。しかし早稲田に合格した4名のうち2名は海外の大学へ行ってしまっています。東大のPEAK(Programs in English at Komaba)という4年間英語のプログラムに受かった生徒も、残念ながら海外の大学へ行ってしまいました。 これまでインターナショナルスクールからは、1学年で1人か2人が日本の大学に行くのが普通だったのが、近年はこのように増えている状況です。このことをIB生徒の日本の大学への関心の高まりと、日本の大学のIB生徒への関心の高まりとを示すデータとしてお話しておきたいと思います。  以上で私の話を終えて、最後、出口さんからお願いします。

大迫弘和

出口 僕は、30年以上、予備校を中心に受験教育をやってきました。ただ、予備校の講師としてはちょっと変わっていまして、当時はセンス、感覚と言われた現代文を、「論理の教科である」と言い続けてきました。次に、教えるだけではなく学校を変えようと、『論理エンジン』という考える力を身につけるためのプログラム、教材を開発しました。今、私立の中学・高校だけでも250校以上が採用されています。
 今回、水王舎で『国際バカロレアを知るために』という本を出版しました。なぜ国際バカロレアなのかと言いますと、国際バカロレアのすごさというのは、徹底的に物を考える力をつけていくところが大きいと思うんです。グローバル社会の中では語学教育も大事ですが、日本語で考える力をつけないと、ただ英語を喋れるだけでは仕方がない。そういった意味で、国際バカロレアはしっかりと物を考える力をつけることができるプログラムだと思います。
 大迫先生もおっしゃったように、世界的な流れとして、「21世紀型の学力」というのが盛んに言われています。日本の今までの教育は、残念なことに「20世紀型の学力」です。要は欧米に成功モデルがあり、これをいかに早く模倣するか。そのために、徹底的に記憶・模写、あるいは計算ということをやってきて、日本はこれで近代化に成功していきました。成功しているがゆえに、それを変えることは本当に難しい。多くの指導者は20世紀型の学力観で成功している人ですから、どうしてもそれをまた次に押しつけることになっていきます。
 でも実際には、細かい知識を記憶していなくても、検索すればおしまいです。計算だって、日常で必要なのはお釣りの計算だけで、本格的なものはパソコンがやってくれます。漢字が書けなくても、ワープロが自動変換する。世の中から必要とされている学力というのは明らかに変わっています。すでに多くの学校が、21世紀型の学力に変えようと思っています。その中で最も進んだ教育が、実は国際バカロレアなんです。そういった意味では、国際バカロレアを導入するかどうか、国際バカロレアの学校に行くかどうかだけでなくて、日本の教育を変える、あるいは考える上で、国際バカロレアは非常に大きな鍵になると思うんですよね。
 でもどれだけ覚えているかというのは点数化しやすいので、偏差値、大学の序列化、1点刻みの試験が存在し、すでに決められた正解を時間内にいかに早く探すか

出口汪

というゲームになってしまう。国際バカロレアはこういった入試や学力の在り方が、根本的に変わっていく可能性があるんです。実際、学力や能力を1点刻みで測ることはナンセンスです。
 今までは学校の勉強、中間・期末試験があって、それとは別に予備校・塾に行って入試対策をしていましたが、これはよく考えると非常におかしなことです。国際バカロレアの場合は、日本の中間・期末試験のようなものや卒業試験はありますが、プログラムをきちんとやっていれば、その成績によって世界中の学校に行けるわけです。ということは、学校の勉強とは別に、予備校で受験勉強をするという教育の在り方そのものが変わっていくんですよね。
 日本は真っ先に国際バカロレアのような21世紀型の学力を導入して、教育を変えていかなきゃだめなんです。でも、教育界はまだまだ保守的で非常に変わりにくい。しかし今、中教審で大学入試改革が議論され、そういった中で国際バカロレアを本格的に入れていくということは、ようやく日本の教育が変わると、僕は非常に強い期待を抱いています。
 ぜひこのあともじっくりと、国際バカロレアを中心に日本の教育について、皆さんで討論していきたいと思います。

大迫 出口さん、ありがとうございました。中村さんから何かありましたら、簡単にお願いします。

中村 そうですね。大迫先生もおっしゃっていましたが、つい先週の金曜日(9月26日)にスーパーグローバル大学37校が認定されました。国から出る資金は、個別に使うのではなく、学校全体をグローバル化していくことに使われるのが主な目的なので、入試改革の一つとして国際バカロレアの生徒を受け入れるというのが、こういう大学でもっと進んでいけば、日本で国際バカロレアが急速に普及していくんじゃないかと、大きく期待しています。

大迫 ありがとうございました。IBとは、生涯にわたって学び続ける人になるための教育ですから、大学入試で「どの大学に何人入った」というのはIBの価値を判断するものではないのです。まずはそこから脱却しないと、IB導入イコール新しい偏差値の誕生ではまったく意味がありません。もう一つ、20世紀型教育から21世紀型へシフトしていくときに、21世紀型教育のトレーニングをした子供たちに、20世紀型教育の基準で試験をすることほどおかしいことはない。だから、日本の大学がIB枠を作っていく。IBのプログラムで学ぶ生徒を一定の基準で評価していく。だけどセンター試験は受けなければならない、というのはありえないんですよね。
 世界の大学でIBを受け入れる学校は、IBでその学生たちの基本的な力は測れるので、他に何かを実施するとしても面接ぐらいです。私の息子はIBのプログラムで学び、2人ともニューヨークの大学に入学しましたが、入学式のとき初めて大学に行きました。スコアを送っただけで、試験は何もなかったです。しかし日本の大学は、IBのスコアともう一つ別の学科試験をやる。ここはやっぱりすごく大きな問題。それが一体何を意味しているか、本当に変わるということがどうあるべきか、ということの、ものすごく象徴的なケースだと考えています。



第2部は近日公開予定

大迫弘和、出口汪、中村涼之介