HOME > 文学鑑賞>森鴎外「舞姫」
余は私(ひそか)に思ふやう、我母は余を活(い)きたる辞書となさんとし、我官長は余を活きたる法律となさんとやしけん。辞書たらむは猶ほ堪ふべけれど、法律たらんは忍ぶべからず。
この瞬間、豊太郎は封建人から近代人へと、大きく変貌を遂げようとしている。 封建人は、武士ならば武士、百姓ならば百姓と、生まれながら、身分も職業も決められている。そして、それに対して何の疑問も抱くことはなかった。まさに豊太郎が初めてベルリンの地に足を踏み入れたときがそうだっただろう? ところが、今の豊太郎は真の自己と懸命に向き合おうとしている。
嗚呼、此故よしは、我身だに知らざりしを、怎(いか)でか人に知らるべき。わが心はかの合歓(ねむ)といふ木の葉に似て、物触(さや)れば縮みて避けんとす。我心は処女に似たり。
薄幸の美少女エリスとの出会い
或る日の夕暮なりしが、余は獣苑を漫歩して、ウンテル、デン、リンデンを過ぎ、 我がモンビシユウ街の僑居(きょうきょ)に帰らんと、クロステル巷の古寺の前に来ぬ。
今この処を過ぎんとするとき、鎖したる寺門の一扉に椅りて、声を呑みつゝ泣くひとりの少女(おとめ)あるを見たり。年は十六七なるべし。被(かむ)りし巾(きれ)を洩れたる髪の色は、薄きこがね色にて、着たる衣は垢つき汚れたりとも見えず。我足音に驚かされてかへりみたる面(おもて)、余に詩人の筆なければこれを写すべくもあらず。この青く清らにて物問ひたげに愁(うれい)を含める目(まみ)の、半ば露を宿せる長き睫毛(まつげ)に掩(おお)はれたるは、何故に一顧したるのみにて、用心深き我心の底までは徹したるか。
「我を救ひ玉へ、君。わが恥なき人とならんを。母はわが彼の言葉に従はねばとて、我を打ちき。父は死にたり。明日は葬らではかなはぬに、家に一銭の貯(たくわえ)だになし。」
鳴呼、委(くわし)くこゝに写さんも要なけれど、余が彼を愛(め)づる心の俄(にわか)に強くなりて、遂に離れ難き中となりしは此折なりき。我一身の大事は前に横(よこたわ)りて、洵(まこと)に危急存亡の秋(とき)なるに、この行(おこない)ありしをあやしみ、又た誹(そし)る人もあるべけれど、余がエリスを愛する情は、始めて相見し時よりあさくはあらぬに、いま我数奇を憐み、又別離を悲みて伏し沈みたる面に、鬢(びん)の毛の解けてかゝりたる、その美しき、いぢらしき姿は、余が悲痛感慨の刺激によりて常ならずなりたる脳髄を射て、慌惚の間にこゝに及びしを奈何(いか)にせむ。
公使に約せし日も近づき、我命(めい)はせまりぬ。このまゝにて郷にかへらば、学成らずして汚名を負ひたる身の浮ぶ瀬あらじ。さればとて留まらんには、学資を得べき手だてなし。 此時余を助けしは今我同行の一人なる相沢謙吉なり。彼は東京に在りて、既に天方伯の秘書官たりしが、余が免官の官報に出でしを見て、某新聞紙の編輯長に説きて、余を社の通信員となし、伯林(ベルリン)に留まりて政治学芸の事などを報道せしむることとなしつ。
相沢謙吉は大臣である天方伯の秘書で、豊太郎に新聞社の通信員の仕事を紹介してくれたんだ。薄給だけど、これでとにかく生活ができるようになる。
兎角(とこう)思案する程に、心の誠を顕(あら)はして、助の綱をわれに投げ掛けしはエリスなりき。かれはいかに母を説き動かしけん、余は彼等親子の家に寄寓することゝなり、エリスと余とはいつよりとはなしに、有るか無きかの収入を合せて、憂きがなかにも楽しき月日を送りぬ。
<第二部に続く>